間もなく米国の新大統領が誕生する。米国発の金融危機、北朝鮮に譲歩した「テロ指定解除」などを受けて、評論家の多くは「もはや強い米国ではない」「米国の一極支配は終った」と囃し立てている。
筆者は金融も朝鮮半島も門外漢なので「そうだ」とも「違う」とも言えないが、21世紀の新秩序をめぐって米ロが角逐するコーカサス情勢を見る限り、評論家に同調したくなる。新大統領がドラスティックな政策変更(CHANGE)をしたとしても「強い米国」が復活するまでは相当な時間がかかるだろう。
カスピ海岸のアゼルバイジャンと黒海沿いのグルジアは、コーカサス山脈の南に位置することから南コーカサス地方とも呼ばれる。なぜこの地方で米ロが角逐するのか。理由は大きく2つ。エネルギーと軍事だ。
グルジアは旧ソ連構成国にあって一早くNATO加盟希望を表明し、それがロシアの逆鱗に触れた。ブッシュ大統領(父)とゴルバチョフ書記長が東西冷戦の終結を宣言した「マルタ島会談」(1989年)で、父ブッシュは「NATOは東方に拡大しない」と口約束した。一筆取らなかったのはゴルバチョフの失策だったが、米国は口約束を反古にしてグルジア、ウクライナをNATOに抱き込もうとしている。
業を煮やしたロシアは、グルジアの元国家安全相や親ロ国会議員29人に資金提供し国家転覆を図った。だが米CIAに阻まれて失敗。2006年秋のことだ。
潮目が変わったのは今年8月に起きた南オセチアの独立をめぐる軍事衝突だ。ロシアはグルジア領土を空爆したのみならず陸上部隊も深く侵攻させた。EUの仲介もあって停戦したもののロシアの「勝ち逃げ」だった。アメリカは軍事顧問団を置いていながら面目を失ったのだ。
身から出たサビでロシアの台頭招く
アメリカが付いていながらグルジアがロシアにしてやられたことは、東隣国のアゼルバイジャンには脅威だった。アゼルバイジャンにはNATOのミサイル防衛網のレーダー基地が置かれているのだ。西側との結びつきは経済面でさらに深い。
もし西側の技術がなかったらアゼルバイジャンはカスピ海油田からのオイルマネーで今ほどは潤っていない。4年前、筆者が首都バクーを訪れた際、両替所はルーブルを扱っていなかった(両替所をすべてチェックしたわけではない)。
アリエフ大統領は、ソ連時代のアゼルバイジャン共産党第1書記だった父親(先代の大統領)と似た政治スタイルを取るが、経済はほぼ完全に西側を向いていた。
ところが、である。グルジアの軍事衝突後、ロシアの国家的独占企業である「ガスプロム」の当局者がバクーを訪れて提案した。「天然ガスを西側と同じ値段で買うよ」と。
西側にとって虎の子のエネルギーをロシアに奪われたのでは安全保障にかかわる。米国のチェイニー副大統領はすぐさまバクーに飛んだ。だがアリエフ大統領はモスクワに遁ずらした。チェイニー副大統領との会談を拒否したのだった。モスクワに呼びつけられたといった方が正確だろう。アリエフ大統領は、党第一書記だった父親がモスクワの顔色にピリピリしていたのを見ながら育ってきたのだ。
グルジアの軍港を押えることは「ロシア黒海艦隊」の地中海進軍に影響する。カスピ海は中東に次ぐエネルギーの宝庫である。コーカサスの南に位置するイランは米国にとって最も度し難い国で、ロシアの支援で核開発が進行中だ。
米国の世界戦略がかかるこの地域を完全に押えるには、軍事力と経済力がモノを言う。ところが現在は両方とも落ち目だ。「イラクとアフガニスタンへの侵攻」、「金融資本主義」という身から出たサビが米国自らを弱らせた。
強いアメリカを復活させようにも米国債の大口顧客がロシア、中国ときている。もし中ロが米国債を「知~らない」と言って手放したらどうなるか。ワシントンのCHANGEだけでなく世界のCHANGEが新大統領の双肩にかかっている。