ザポリージャ原子力発電所(6,000メガワット)。世界で3番目に大きい発電量を誇る原発は無防備に近かった。7年余にわたってロシアの攻撃にさらされるドンバス地方(ドネツク州・ルハンスク州)に隣接する地にあった。
田中は「砲弾が飛んでくる恐れがある。だから危険だ」なんて幼稚なことを言っているのではない。
ここにはソ連時代からの一大兵器工場(モトール・シーチ社)があり、ドンバスの戦線でロシア軍を悩ますトルコ製ドローンのエンジンを生産しているのである。
プーチン大統領にとってはシャクの種だ。できることなら取り戻したい気持ちだろう。
ソ連時代から兵器産業の街だったザポリージャの街は、広大な工場に沿うようにして路面電車が走っていた。
モトール・シーチ本社前の停留所で電車を待っていた高齢の女性に話を聞いた。女性はスターリングラード出身だ。
「プーチンはここ(ザポリージャ)に侵攻してくる可能性がとても高いと思うよ。私はスターリングラードの戦いを知ってるからね」。女性は年齢を感じさせないほど、はっきりした滑舌で力説した。
第2次世界大戦の転換点ともなったスターリングラードの攻防戦は、軍事工場があり戦略要衝だったスターリングラードを、ソ連軍が死力を尽くしてドイツ軍から守った。
ロシアの締め付けに遭いウクライナのエネルギー需給はひっ迫する。ロシアから供給を受けるガス代は一昨年から昨年にかけて3倍にも跳ね上がった。
原発に頼らざるを得なくなる。ウクライナの原発は4か所15原子炉。現在、これらがすべて稼働している。初めてのことだ。
ウクライナの5分の1の電力を賄う原発があり、ロシア軍を悩ます一大兵器工場もある。
ザポリージャがスターリングラード以上の戦略要衝であることは確かだ。
人類史の悲劇として刻印されるチェルノブイリの事故(1986年)を経験したウクライナ。またもや原発が禍を招くとすれば、あまりに不幸である。