黒字営業だったにもかかわらず、前経営者が他の事業で失敗したため米系投資ファンドに債権が渡った京品ホテル。労働組合が昨年10月から自主管理を続けているが、東京地裁は15日、前経営者が求めていた「立ち退き」の仮処分を認める決定を下した。今月29日の退去期限が迫るが、従業員はこれまで通り元気に仕事に励んでいる。
午前11時半、ホテル内日本料理店「さが野」――。「さあ始めましょう」、富田哲弘支配人が声をかけた。板前さんたちは調理場で包丁を握り、配膳係りの女性たちはテーブルを拭く。富田支配人自らも通りに面した扉を開け、メニューを台の上に置く。退去命令が下されても何ら変わりないランチの支度風景だ。
料理店の板長(40代)は「裁判所が決定したから『ハイ、出ていきますよ』じゃ頑張ってきた意味がない」と意気軒昂だ。洗い場の女性(75歳)は、柔和な笑みを浮かべながらも言い切る。「みんなと一緒に闘う。(ホテルには)愛着がありますからね」。
開店すると間もなく3人のグループ客が食事に訪れた。通りがかりではない。自主管理を続ける労組へのカンパの意味を込めてわざわざ来たのだという。新聞・テレビの報道で知り、応援のために訪れる利用客が大多数を占める。
地元警察「出動なんてしたくない」
労働組合が裁判所の命令に従わないことが予想されるので、警察が出動することになる。東京地裁の決定が出る以前からも地元・高輪警察署の警備課長が数回に渡ってホテルを訪れ、労働組合に事情を説明している。
東京ユニオン京品支部の金本正道支部長によれば、警備課長は「裁判所の命令が出たら私たちも一応動かなきゃいけない。本当はそんんなこと(裁判所による強制執行のための出動)したくないんだけどね」と語ったという。100年に1度の大不況で雇用の危機が叫ばれるなか、警察といえどもホテル従業員の職場を奪うようなことはしたくないはずだ。
もし強制執行となれば労組は座り込みで対抗する。強制執行の日時は高輪警察署担当の社会部記者の知るところとなり、マスコミ各社はホテルに張り付く。テレビ局は中継車を出す。ニュースの時間帯と重なればライブ放送だ。
テレビカメラの前で板前さんや客室係をゴボウ抜きするようなことになれば、警察は世論を敵に回すことになる。警備課長が「強制執行なんてやりたくないよ~」と辛そうな顔をするのはこのためだ。
警察にとってさらに難問がある。客は裁判所が指定した「退去の対象」になっていないのだ。強制執行を聞きつければ支援者が駆けつけるのは確実だ。支援者は普通のサラリーマンだったり、地元住民だったりする。法律家も混じるだろう。食事あるいは寝泊りをしているこれらの人たちを警察はどうやって排除するのだろうか?
従業員の勤勉で毎年1億円前後の黒字が出ていたのにもかかわらず、経営者の不始末でホテルの土地建物は米証券大手リーマンブラザーズの日本法人の手に渡ったのだ。従業員にはなんの落ち度もない。
世論の盛り上がりが自主管理闘争を後押しすることになりそうだ。