【ハケンという蟻地獄】
ダガーナイフを持った男が秋葉原の歩行者天国で17人を殺傷した「通り魔事件」から2年が経つ。凶行に及んだ加藤智大被告(27才)が自動車工場で働く派遣社員だったことから、当時は派遣社員を危険人物視したり派遣会社を悪役扱いする報道が目についた。大手メディアは、自動車工場がトヨタの関連会社ということを「素通り」した。
無理もない。新聞社やテレビ局で無差別殺傷事件を取材するのは警察詰め(サツ回り)の記者だ。派遣労働者の実情など知る由もない。実情を知っていてもトヨタ批判につながることは、大手メディアにできっこない。
メーカーで働く派遣労働者のユニオンである「ガテン系連帯」には各社の事件記者からの電話が引きも切らなかった。対応した同連帯の小谷野毅事務局長は「記者さんたちは派遣の仕組みや実情を知らない。一から説明しなければならない」と肩を落とした。事件発生から10日後、「ガテン系連帯」はメディアへの説明会を開くことになった。
小谷野事務局長は派遣のしくみを鵜飼に喩えた。「鵜匠が企業、鵜が派遣会社、労働者が鮎なんです」と。当時のマスコミ論調は鵜(派遣会社)と鮎(派遣労働者)に批判が集中しがちだった。
同事務局長は「本当に儲けて鮎(派遣労働者)を苦しめているのは鵜匠(企業)なんです。経団連なんです」と力説した。。
メーカーへの派遣が解禁される2004年以前、自動車工場で働く期間工は直接雇用だった。派遣会社のピンハネ(30~40%のマージン)はないので、そこそこの収入になった。メーカー側に雇用責任があったので、労基法は原則として守られた。
ところが2004年の法改正で状況は一変する。メーカーは「派遣」を利用して都合の良い時だけ労働力を調達できるようにしたのである。増産態勢に入れば派遣労働者を多く「調達」し、減産に入れば「切る」。実際、派遣会社に払う賃金は資材調達部門が賄うのである。
こうして労働の「ジャスト・イン・タイム」が作り上げられた。派遣労働者は簡単に首を切られ、働いている間も賃金を派遣会社に30~40%もピンハネされながら骨をきしませた。
にもかかわらずマスコミは「派遣の非人間的な労働システム」を積極的に解き明かすことはしなかった。派遣を使って一番うまい汁を吸っているトヨタや家電メーカーを叩かなかった。正確に言えば叩けなかった。
その年の晩秋、日本の製造業は米国発世界同時不況の波をもろに受けた。「派遣切り」の嵐が吹き荒れ、職と住まいを共に失った労働者たちが日比谷公園の「派遣村」にたどり着いた。
ここでも一部のメディア、評論家は期間工と派遣労働者の区別もついていなかった。「年収600万円の期間工がなぜ派遣村に来てるのか?」などと事実を踏まえないまま論評した。
事件後休止されていた秋葉原の歩行者天国は、近く再開される見込みだ。2周年の日となる8日、凶行の現場となった神田2丁目の交差点には慰霊の花束を手向ける人が後を絶たなかった。
合掌していた男性(20代)は「社会も派遣もあの頃(事件当時)と何も変わっちゃいない。歩行者天国を再開したらもっと大きな事件が起こるのではないか」と眉間にしわを寄せた。
不安定雇用と貧困の元凶である「製造業への派遣」「登録型派遣」の原則禁止を2本柱にした「労働者派遣法の改正」は、今国会での成立が絶望的だ。「山椒太夫」の世界が合法な状態はしばらく続きそうだ。
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