就職難 大卒だけが人生じゃない

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警察官の世界は大卒でなくとも出世できる。高卒の警察署長が当たり前の組織だ。(写真と本文は直接関係ありません)

 大卒者の就職内定率は57・6%と過去最悪になった(文科省・厚労省調べ)。大雑把にいえば2人に1人しか就職できないことになる。「大学は出たけれど」などという生やさしい言葉では済まないところまで事態は悪化している。

 大卒の就職難が取沙汰される度にある青年を思い出す。身長190センチあまり、肩幅もがっちりした大男だった。「バスケットをしてたんですか?」と聞くと「いいえ柔道です」とバリトンで答えた。武道家らしく腹から声を出しているからだろう。高校時代に関東大会で優勝した経験もあるという。

 彼はスポーツクラブでアルバイトをしていた。年齢は26歳。

「柔道が強かった人は警察に行く(就職する)でしょ?」。

「はい、高校の時、警視庁から『引き』があったんですけど断ったんです」。これが間違いの素だった。

 青年は大学に進んだ。4年後に就職事情はさらに厳しさを増した。収入、身分とも安定した公務員になるのは宝くじに当たるようなものだ。

 大学卒業を控えて警視庁の門を叩いたがダメだった。以後、毎年警察官採用試験を受けているのだが、いつも結果は不採用だ。

 “『引き』があった高校生の時、なぜ警視庁に行かなかったのか” 彼は悔やんでも悔やみきれないようだ。

 親は“大学を出ていた方が警察に入った後、出世が早いから”と考え、本人もそう思ったのか。

 役所や一般の企業で大卒か高卒かの違いは、昇進において大差となって現れることが多い。

 ところが警察の場合、そうではない。全国警察官の95%以上を占めるノンキャリ警察官の世界において、高卒と大卒の違いは、昇進試験の受験資格を得るのが大卒だと高卒より少し早い位のものだ。昇進を決める際には勤務評定(上司からの評価)が試験以上に大きなウェイトを占める。

 結局、大卒で大した仕事をしない警察官よりも、高卒で身を粉にして働いた方が出世するのである。実際、地方の警察に行けば、高卒の所属長(警察署長、本部の課長)が主流を占める。

 スポーツクラブの青年が高卒で警察に入っていたとする。不祥事に巻き込まれることなく、職場の人間関係を大事にし、昇進試験に備えてコツコツ勉強していれば、おそらく機動隊の隊長になれるだろう。機動隊隊長の階級は警察署長と同じ警視だ。人事異動では署長が機動隊隊長になったり、機動隊隊長が署長になったりする。

 警察官にとって署長になることは「サクセスストーリー」そのものである。高校時代、警視庁からの『引き』を断った青年はみすみす「成功」を逃したことになる。

 筆者が尊敬する数少ない教師の一人である中学2年生の時の担任がよく言っていた。「将来、どういう職業につきたいかで学校を決めろ」と。

 「ずっと警察官に憧れていましたから」。青年は眼差しを遠くにやりながら語る。高校の進路指導の先生と柔道部の部長がもう少し世間を知っていたら、青年の人生は違ったものとなっていただろう。


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