公害病の原点ともいわれる水俣病に幕引きが図られそうだ。政府・与党と民主党は2日、「水俣病未認定患者の救済範囲を広げる」代わりに「加害企業であるチッソの分社化を認める」ことで合意した。合意事項を盛り込んだ「水俣病被害者救済法案」は来週中にも国会で成立する見通しだ。
近づく総選挙を前に与党は「チッソの分社化」で、民主党は「被害者救済範囲の拡大」で悲願を達成し実績を作った格好だ。
【不安隠せぬ未認定患者】
救済範囲を拡げたことにより、これまでは手足のしびれだったのが、「全身の感覚障害」、「口の周囲の感覚障害」「舌の感覚障害」「視野が狭くなる」の4つが加わった。
だが、有機水銀中毒に起因する知的障害や精神障害は対象とされない。今後発症した人も対象外だ。(上記の)追加された症状を持つ患者すべてが救済されるとは限らない。
法案廃止を求めて国会前に座り込む未認定患者の女性(65歳)に聞いた。女性は、ふくらはぎが絶えず痙攣する。睡眠薬を飲んでも手足のしびれで寝付けない。心臓は張り裂けそうなほどバクバクする、という。だが未認定である。女性は「(新法が出来たら)私は切り捨てられる」と不安を隠さない。
環境省は「未認定患者の6~7割は救済される」と試算しているが、裏返せば3~4割は救済されないということだ。
水俣病の認定を待つ患者は6千人、水俣病と似た症状があるとして医療費補助を申請している人は2万4千人。未認定患者は計3万人だ。1万人前後は救済されないことになる。前出の女性が悲観するのも道理だ。
分社化で発足する被害補償会社の資金にはチッソ本社の株式が売却されて充当される。与党と民主党の合意では「売却はすべての被害者の救済が終わるまで凍結する」とされているが、患者や支援者は疑念をあらわにする。
「すべての被害者」とは環境省が試算する未認定の患者の6~7割のことで、「救済が終わる」とは金の決着がついた時点だからだ。ある支援者は「チッソがそんなに待ってくれるはずはない」と吐き捨てた。
水俣病が公式に認定されたのは1956年。半世紀余りが経つが、政府は一度も被害地域全域の健康調査をしていない。中選挙区時代、地元選出の大物政治家による政治決着のためには不都合だったのだ。いまだ全容は解明されていない。
被害者団体は5つあるが、うち2団体が早期決着を強行に主張し民主党に働きかけたといわれる。2団体の方が構成員、つまり有権者が多い。水俣にあって大票田であるチッソを願い通り分社化すれば、総選挙での苦戦が伝えられる自民党にとっては計り知れないプラス材料となる。
与党と民主党が決着を急いだ背景には目前に迫った総選挙がある。自らの議席確保のために幕引きを図ったのだ。1万人前後も救済から取り残され、加害企業の責任もあいまいにされて歴史の闇に葬られるのである。
「この法案がもし成立したら、法案を通した国会議員の顔は一生忘れません」。原告団の中村輝久弁護士は唸るように言った。
水俣病と世界の水銀汚染