三井元検事 「検察は政権と取引をした」

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「私を(国会の)法務委員会に証人として呼んでほしい」。三井・元大阪高検検事は繰り返し述べた。(28日、衆院第2議員会館。写真:筆者撮影)

 三井環・元大阪高検検事が28日、衆院議員会館で国会議員を前に衝撃の報告をした。「検察の裏金作り」の実態を明らかにする一方で「検察は自らの不祥事を不問にしてもらうために自民党政権と取引した。『小沢捜査』もその一環だった」とする内容だ。

 三井氏は2002年、“検察の裏金”を告発しようとしたところ、マンション購入をめぐる微罪で身内だった検察によって逮捕されたのである。別件逮捕の典型例だった。

 民主党議員で作る「取調べの全面可視化を実現する議連」(川内博史会長)が、タブーとなっている検察の暗部をヒアリングするために三井氏を招いた。三井氏は以下のように語った。(太字「 」内が三井氏の話)―
 
 「法務省には調査活動費という予算がある。情報提供者に対する謝礼だが、それが裏に回って飲食などに使われた。全国の地検、高検、最高検、法務省すべてで。金額は年間6億円」。
 
 「裏金の作り方は先ず架空の情報提供者をデッチあげる。1件につき3~5万円を支給したことにする。(裏金の年間使用額は)各地検が400万円、東京地検は3,000万円、大阪地検は2,000万円。架空の領収書は検察事務官が作る」。
 
 「裏金を使えるのは検事正、検事長、検事総長、法務省の事務次官、官房長、刑事局長。(裏金は)飲食、ゴルフなどに使う。年間30~40回もゴルフに行った検事正もいた。横浜地検の検事正だ」。
 
 週刊誌、ネットあるいは三井氏の講演で知りえた少数の人たちは“裏金”をご存知だろう。だが新聞・テレビが一切報道しないため、検察の裏金は“表向き”存在しないことになっている。政権と検察、そして記者クラブが一体となって事件を無きものにしたのである―
 
 「(02年)4月18日に告発スケジュールができた。連休明けに朝日新聞が一面トップで行き、民主党の菅幹事長(当時)が法務委員会で追及する。私は国会内で記者会見を開く。(事前収録として)4月22日に鳥越俊太郎さんの『スクープ』(テレビ朝日)が取材に来るはずだった。ところが(検察に情報が)抜けてしまった。私は『スクープ』のインタビューを受けることになっていたその朝、逮捕された」。
 
 “口封じだ”として『スクープ』はじめ週刊誌、月刊誌は騒然となった。記者クラブメディアの新聞・テレビは黙殺した。法務・検察にとって一大事である。最高幹部は懸命に火消しに走った―
 
 「原田検事総長、法務省事務次官、古田刑事局長が後藤田(正晴・元官房長官)事務所を訪ね『このままでは法務・検察が潰れてしまう』と泣きをいれた。」
 
 中曽根政権を支えカミソリと畏怖された後藤田元官房長官が動いたのだろう。官邸はモミ消しに加担する。

 「原田検事総長と森山法務大臣は記者会見を開き『検察に裏金問題というのは存在しない』と述べた。鈴木宗男議員や保坂展人議員が(国会の)法務委員会で追及したが、政府側の答弁は「裏金は存在しない」。国民に大ウソをつき続けたのである。政権交代しても政府の答弁は同じ」。
 
 「政権と取引きすれば裏金問題を事件にできない。小泉政権は検察に大きな貸しを作った」
 
 “貸し”は後の政権にも引き継がれた。“借り”のある検察は官邸の意向に従わざるを得なかった―
 
 「小沢(一郎)氏の政治資金規正法違反事件をめぐる捜査は法務・検察の考えではない。大久保秘書の逮捕・起訴(昨年3月)は麻生政権が検察を利用したものだ。選挙に影響を与えるような時期に強制捜査をしないのが検察の不文律だった(にも関わらず小沢氏の秘書を逮捕・起訴した)」。
 
 「私を(国会の)法務委員会に証人として呼んでほしい。すべてを明らかにする」。 三井氏は幾度も繰り返した。

 郵便不正事件で主任検事が物的証拠を改ざんするという前代未聞の不祥事を起こした検察。またもや政権に大きな貸しを作った。“仙谷官邸”がこの貸しを利用しないはずがない。

 今回の検察不祥事を仙谷官房長官が知ったのは検察審査会の議決前だった。検察審査会は有権者の中から選ばれたとは言え、議論では検察・法務の影響を色濃く受ける。審査会の議決は強制起訴。仙谷氏の政敵、小沢一郎はかくして屠られたのである。


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