『貧困ジャーナリズム賞』を受賞しました 

受賞者たちによるシンポジウムも開かれた。=9日夜、東京・神保町。写真:諏訪撮影=

受賞者たちによるシンポジウムも開かれた。=9日夜、東京・神保町。写真:諏訪撮影=

 貧困の撲滅に功績のあったジャーナリストに贈られる『貧困ジャーナリズム賞』(主催:反貧困ネットワーク)を筆者は受賞した。

 「貧困ジャーナリズム賞」とは、貧困なジャーナリストに贈られるものだと、てっきり思っていた。ところが受賞式の行われた9日夜、会場に行くと「朝日新聞記者」「NHKディレクター」の姿が…。大マスコミのお歴々も受賞するという。驚きは喜びに変わった。

 2008年、リーマンショックで「派遣切り」が一般名詞となり、その年の暮れに「派遣村」が日比谷公園に現れた。筆者は前年から非正規労働の現場を取材していた。人格は踏みにじられ、食べて行くこともできないような低賃金に喘ぐ青年たちの姿があった。

 “おかしな社会の実情を伝えなければならない” 自らも貧乏ジャーナリストであることから、同情と怒りを覚えながら報道を続けたものだった。

貧困問題の取材班は新聞、テレビの社内で肩身の狭い思いをするという。=写真:諏訪撮影=

貧困問題の取材班は新聞、テレビの社内で肩身の狭い思いをするという。=写真:諏訪撮影=

 当時、最大手派遣業者のグッドウィルが違法な二重派遣を続けていた。派遣労働者のユニオンが厚労省に改善指導を求めたが、厚労省は動かなかった。結局警視庁が摘発、グッドウィル倒産のきっかけとなった。

 グッドウィルが倒産し、運送会社から直接雇用されることになった男性(当時41歳)は月収が40%増えた。「派遣はなくなった方がいいんですよ」。穏やかな笑みを浮かべながら語った男性の表情が忘れられない。

 民主党政権は2009年の総選挙で、「派遣法の改正」をマニフェストに掲げて政権を獲得した。ところが成立した改正派遣法は骨抜き。非正規労働者の惨状は改善されないままだ。

 「働けど…」の暮らしが青年たちを苛む。貧困の現場を取材せずに済む日が来るのはいつだろうか。

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貧困ジャーナリズム賞を受賞できたのも読者の皆様のおかげです。有難うございました。

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