歩行者天国で賑わう日曜日の秋葉原。レンタルのトラックで乗り付けた男は車を降りるとダガーナイフを手に無差別に斬りかかっていった。7人が死亡、10人が重軽傷――。禍々しい事件から8日でちょうど1年が経った。凶行の現場となった外神田3丁目の交差点には犠牲者の冥福を祈る人が次々と訪れ、花束やジュースのボトルなどを手向けた。
現場すぐ近くの岩本町で生まれ育った主婦(40代)は事件発生と祖母の心臓発作が重なった。普段は外神田の消防署から来る救急車が無差別殺傷事件で出払っていたため、赤坂から来た。祖母は病院に運び込まれるのが遅れたが、どうにかこうにか一命は取り留めた。
主婦は「秋葉原は物騒になった。子供をこの辺で遊ばせないようにしている。事件も犯人も絶対に絶対に許さない」と唇を噛む。実際、秋葉原の歩行者天国は再開のメドさえついていない。
日野市から駆けつけた女性(26歳)は恩人が殺害された。事件から2年前、妊娠中だった女性はJR新宿駅の階段で転んだ。この時助けてくれたのが、芸大生の武藤舞さんであることを、テレビニュースに映し出される犠牲者の顔写真で知った。武藤さんの救いもあり、お腹の子供は無事生まれた。
「武藤さん天国で安らかに眠って下さい。あのような事件は2度と起きてほしくない」。女性は静かにそして長く手を合わせた。
事件は犯人が派遣労働者であったこともセンセーショナルを呼んだ。加藤智大被告(当時25歳)は勤めていたトヨタ系列の自動車工場から「今月一杯で来なくていい」と解雇を通告され、自暴自棄になっていた。派遣会社の寮に入っていた加藤容疑者は職と住まいを同時に失うのだ。
自動車工場で働く派遣労働者の労働条件は恐ろしいほど悪い。日野自動車の工場で派遣社員として働いた経験のある男性は話す。「普通のアパートより高額な派遣会社の寮費、冷蔵庫、テレビなど何から何まで給料から差っ引かれる。手元に残るのは2~3万円」。
仕事そのものも過酷だ。事件が起きた6月ともなれば工場の温度は30度C以上になる。熱中症で倒れる労働者が続出する、という。
筆者は加藤被告を弁護するわけではない。だが、人間扱いされない状況で働かされてモノのように捨てられたのだ。休日を楽しむことができる人たちを羨み、それが殺意にまで昂じたのかもしれない。
事件から半年後、「派遣切り」「非正規切り」で大量の労働者が職と住まいを同時に失い「派遣村」で夜露と飢えを凌いだ。今では「正規切り」も当たり前になっている。加藤容疑者の刃の意味を今改めて問い直す必要がある。