『ワシントンポスト』紙のニュース速報がメールに飛び込んできた。「イスラエルのネタニヤフ首相が14日、条件付で『パレスチナ国家建設支持』を表明した」という。筆者の頭の中は「?」が点滅した。麻生首相が「世襲を禁止します」と宣言するようなものだ。案の定、ありとあらゆる条件を付けて実現不可能にしている。
日本のメディアは「パレスチナ側の非武装化を条件にネタニヤフ首相は……」としてハマスの武装解除が前提であることを第一に報道した。もちろんこれも、実現不可能な条件のひとつだ。
ネタニヤフ首相が付けた条件を並べると(順不同)―ー
条件1)「右派連立政権が満足(納得)したら……」
右派政党が納得するはずがない。「西岸の地は『1平方メートル』たりともパレスチナ人には譲らない」と人生をかけて言う彼らが、西岸にパレスチナ国家の建設を認めるわけがない。日本の右翼が「北方領土をロシアに譲ります」と言うに等しい。
条件2)「領空はイスラエルのものとする……」
パレスチナ側が飲むはずがない。国家の定義として「領土」「領海」「領空」があることは日本の中学生だって知っている。98年に建設された「ガザ空港」がわずか3年でイスラエル軍によって破壊された屈辱をパレスチナ人は忘れていない。
条件3)「エルサレムの分割は認めない……」
イスラム教徒第3の聖地エルサレムをめぐっては、パレスチナ側も「我々の首都である」と譲らない。クリントン大統領は2000年、イスラエルのバラク首相とアラファト議長を大統領山荘に缶ヅメにし「エルサレム分割問題」に決着をつけようとした。だが沖縄サミット出席のため時間切れとなり決着できなかった、という経緯がある。ネタニヤフ首相の発言は「エルサレム問題」の解決を目指すオバマ大統領に真っ向から挑戦するようなものだ。
条件4)「パレスチナ難民の帰還は認めない……」
4次にわたる中東戦争でイスラエルは領土を広げていった。先祖伝来の土地を奪われたパレスチナ人は難民となった。その数は300万人とも400万人とも言われる。『もし』帰還を認めれば、イスラエルは相当数の入植地を放棄することになる。ネタニヤフ政権を支える右派が認めるはずがない。
条件5)「パレスチナの非武装化……」
敵対するイスラエルが中東随一の軍事力を有しているにも関わらず、パレスチナ側のみ武装解除するのは自殺行為に等しい。1982年、レバノンのパレスチナ難民キャンプで1千人余りが虐殺された事件は中東史に残る。イスラエル軍が難民キャンプを包囲し、キリスト教民兵が直接手を下した。地獄絵巻の再現もありうる非武装化をパレスチナ側が認めるわけがない。
テルアビブ郊外の大学での40分間に及ぶ演説でネタニヤフ首相は上記のように述べた。自らを支える右派連立政権もパレスチナ側も到底納得できない無理難題を並べ立てたのである。明らかに計算ずくだ。
イスラエル国会は定数120議席。ネタニヤフ政権を支える右派連立は計65議席で、かろうじて過半数を制する。1~2党でも離反すれば政権は倒れる。
ネタニヤフ演説について連立パートナーの反応は厳しい。超右派政党『イスラエル我が家』(15議席)のある議員は「連立合意に反する」と述べ、連立離脱もあることを示唆した。
ネタニヤフ首相が心にもない「パレスチナ国家建設支持」を唱えたのは、イランのアフマディネジャド大統領が再選された日だ。このタイミングも計算づくである。反米・反イスラエルの筆頭イランで強硬派のアフマデネジャド氏が再選されたことは、イスラエル国民にとって脅威だ。
アフマディネジャド大統領は「イスラエルを地図上から消し去る」と声を張り上げ、イスラエル国民からは「反シオニスト」として恐れられている。脅威に対してイスラエルの世論は右に傾く法則がある。
ネタニヤフ首相率いる『リクード』(27議席)は、右派連立政権の中では第1党だ。オバマ政権とは言え、世論に支えられる党首を簡単に降ろすことはできない。オバマ政権とネタニヤフ首相の神経戦は当分続く。