帰宅難民体験記

新宿駅東口。夥しい数の人々がアルタ大画面の地震速報に見入った。(11日、新宿アルタ前。写真:筆者撮影)

新宿駅東口。夥しい数の人々がアルタ大画面の地震速報に見入った。(11日、新宿アルタ前。写真:筆者撮影)

 石原都知事が4選出馬を表明した直後のことだった。“ゲスト”の到着を待つ都庁の記者会見室を激しい横揺れが襲った。照明用のスタンドライトは倒れそうになり、各社のムービーカメラマンは3脚を押さえた。軽い悲鳴もあがる。

 出馬記者会見の中止が告げられると、『街のようすを取材せねば』と体が反応した。都庁のエレベータは止まっており、会見室のある6階から歩いて1階まで歩いて降りた。

 地下鉄、JRとも運転を見合わせているため路上に人が溢れている。携帯がつながらなくなっており、駅周辺の公衆電話には長蛇の列ができた。

 バスやタクシーは動いているが、バスは満員、タクシーの空車はほとんど見当たらない。

 時ならぬ賑わいとなったのが、飲食店やコンビニだ。ノドの渇きをいやすため新宿3丁目のドトールコーヒーに立ち寄る。満席で席が空くまで暫く待たねばならなかった。腰を降ろすとそのまま眠りに落ちた。

 目を覚まし、外に出ると歩道は人の川となっていた。帰宅を急ぐサラリーマンやOLだ。救急車のサイレンが絶え間なく耳に飛び込んでくる。

 警察官は道案内に追われた。いつもは担当地域の道を聞かれるが、この日はいずれも遠方だ。「四谷から板橋」、「半蔵門から横浜」・・・

 歩き疲れて歩道の端に座り込む女性の姿が時折見られた。ヒールは長距離の歩行には向いていないことが改めて分かる。

運転復旧のメドが立たないことから、駅構内の階段に座り込む人たち。(11日、JR新宿駅構内。写真:筆者撮影)

運転復旧のメドが立たないことから、駅構内の階段に座り込む人たち。(11日、JR新宿駅構内。写真:筆者撮影)

 筆者は半蔵門まで歩いたところでラーメン店に入った。足腰を休め、空腹を満たすためだ。勤めを終えたサラリーマンが次々と来て暖簾をくぐろうとした。だが先客で席は一杯だ。筆者もあと10分遅かったらラーメンを啜ることはできなかっただろう。

 幹線道路は車で埋まっていた。5分以上待ってわずか2~3メートルしか動かない。一寸ずりだ。

 自宅あるいは避難所までは歩いた方が早い。それを改めて知った。

 新宿→四谷→半蔵門→有楽町→勝どき。歩きながら携帯メールで家族と連絡を取ろうとした。エリアによって繋がる所と繋がらない所がある。ツイッターは常時繋がった。

 勝どきの自宅に着いたのは夜8時半、夜の帳が降りきっていた。玄関を開けると家の中は家財が散乱していた。ひっくり返った本棚が2メートルほど移動している。書籍と資料の山を上り降りしながらPCを置いている机にたどり着く。ネットが生きていることが分かり胸をなでおろした。

 今回の地震で得た教訓を列挙する。

・歩きやすい靴(ヒールや固い靴は長距離歩行には不向きだ)。

・外出時は現金最低2~3千円を所持する(飲食は自宅、避難所までたどり着くエネルギーとなる。店内で休息もできる)。

・家族銘々でツイッターのアカウントを設ける。

・スマートフォンは電池の消耗が激しいので予備バッテリーを持ち歩く(携帯電話は家族と連絡を取るのに必要不可欠)。

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田中龍作の取材活動は読者の皆様によって支えられています。

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