カイロ中心部のエジプト考古学博物館周辺は殺気立った緊張感が支配する。博物館を挟んで南側のタハリール広場に「ムバラク政権打倒グループ」が、北側の地区には「ムバラク支持グループ」がそれぞれ陣取って火花を散らしているからだ。
大ぶりのブリキ缶を激しく打ち鳴らしお互いに投石する。敵方のスパイとおぼしき人物を自陣で発見すれば問答無用で袋叩きだ。
中間線には陸軍の戦車が割って入るが、目前でリンチが繰り広げられていても静観の構えである。
民衆の中にも「ムバラク支持派」がいることを日本の記者クラブメディアはあまり報道しない。ほとんどの社がカイロに支局を置いているのにもかかわらずだ。
「ムバラク支持派」は大統領が行った1日の演説を機に急速に台頭した。「私は60年間エジプトに奉仕してきた。エジプトで死にたい」と話す大統領に同情した、というのだ。
20代後半のサラリーマンは「自分はムバラク大統領は嫌いではない。悪いのは取り巻きだ」と話す。支持派には大統領周辺からカネが出ているとも言われている。
日本の新聞・テレビ報道は「ムバラク独裁批判」一色に近い。30年もの長きに渡る長期支配で富と権力は大統領ファミリーと周辺にのみ集中した。国民の多くは仕事にありつけず貧しい生活を余儀なくされている。「ムバラクは要らない」コールがタハリール広場に響く理由である。
だが人々のうっぷんはそれだけはないようだ。カイロ市内に住むアブドル・アバセットさん(工場労働者・男性=33歳)は次のように話す。「テレビは本当のことを伝えていない。ネットは良いところも悪いところも伝えているのに・・・」。
「尖閣諸島沖事件」への抗議デモで日本の若者が全く同じことを語っていた。「テレビは編集して嘘を伝えている」と。既存のメディアに対する不信不満は、日本もエジプトも同様のようだ。
ムバラク独裁下、声を出せなかった人々がフェイスブックなどで知り合い怒りを共鳴させた。ネットが声なき声を地響きにまで増幅させたのである。
政府が先月28日にネットを遮断したところタハリール広場の群集は一気に膨れ上がった。数万人から数十万人と10倍も増えたのである。
4日からネットが再びつながるようになった。「政府が市民の怒りを鎮めるために復旧させた」と見る向きも多い。ネット世論を弾圧するのではなく、どう利用するかに独裁政権も気付き始めたようだ。
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