28日(現地時間)から、ムバラク政権崩壊後、初の議会選挙が始まった。1月末まで続く。エジプト国民にとって初めての自由選挙である。
投票所前には長蛇の列ができた。ほとんどの有権者は「(投票は)もちろん初めて」と答えた。ムバラク政権下の選挙は恐くて行けなかったのである。投票所前には秘密警察が立ち、「誰に投票するのか?」と尋ねる。ムバラク派以外の候補者の名前を挙げようものなら、追い返されるか、警察署に連行された。
選挙はムバラク政権下で非合法とされていたムスリム同胞団の政治組織「自由・正義党」が第1党になるものと予想されている。カイロ旧市街地の投票所近くではムスリム同胞団のメンバーがインターネット端末をテントに持ち込み、有権者に選挙人登録番号などを教えていた。
多くがムハマド、アブダラといったイスラム教徒独特の名前であるため、名前だけだと識別がつかない。割り振られた登録番号で投票所に入るのである。ところが有権者のほとんどは、これまで選挙に行ったことがない。自分の登録番号を知らないのだ。
同胞団が教えていたのは、有権者の登録番号である。投票誘導ではない。同胞団の真骨頂である社会奉仕活動の一環である。ナセル政権以降、半世紀余りに渡って弾圧を受けながらも人々のために尽くしてきた同胞団が民衆の支持を受けるのは極自然なことと言える。
同胞団の政治組織「自由・正義党」に投票した有権者は、理由を「(同胞団は)一般の人に尽くしてきたから、独裁政権は欲しくない」と口々に答えた。
今回の蜂起が不発に終わったのは、ムスリム同胞団が参加しなかったことに尽きる。同胞団はエジプト国民の70%が何らかの形で関わり合っている、と言われるほど裾野の広い組織だ。
だが、観光立国のエジプトは欧米文化の刺激を常日頃から受けていることから、イスラム原理主義の戒律の厳しさに違和感を覚える向きもある。女性を中心に男性の間にもある。政治や法律にまでイスラム原理主義が持ち込まれるのは、避けてほしい、と言うのである。
通訳者のラザーヌ・マフルートさん(25歳・女性)は「イランのようになってほしくない。キリスト教国をはじめ海外諸国と仲良くしてほしい」と語る。
カイロ大学教員のラドワ・タウードさん(27歳・女性)は「世俗主義の人が政権トップになってほしい」とまで話す。
一方で、軍事援助をテコにした米国の介入を防ぐことができるのは、イスラム原理主義であるとしてムスリム同胞団の政治組織「自由・正義党」を熱烈に支持する男性有権者は多い。
「軍は嫌いだ」と抗議して選挙を拒否し、タハリール広場を占拠していた若者たちは、大衆の支持を失った。参加者は日を追うごとに減っていくばかりだ。前回(1月~2月)の市民革命は「人民の海がうねっている」とでも形容したくなるほど民衆の熱気が凄まじかった。今回の蜂起は「池のさざなみ」にすぎない。
現地の老練ジャーナリストは筆者に「どこが第1党になろうが、軍の特権は維持される、国民のほとんどが軍を支持しているから」と言い切った。
イスラム「原理主義」と「世俗主義」の間を適度に揺れながら、アメリカの言いなりにはならない国造りを進めてゆく。中東の大国エジプトには、地域の安定に貢献してもらいたい。民衆がアラブの春を実感できるように。
(おわり)