グルジアでロシアが糸を引いていると見られる「クーデター計画」が摘発されたことは、先日本欄でリポートした(9月15日掲載「グルジア親露派大物逮捕にチラつくCIAの影」)。元グルジア国家安全相や親露派の活動家など計30人が9月6日、一斉逮捕されたのである。
それから一ヶ月と経たない9月27日、今度はトビリシ(グルジアの首都)駐在のロシア軍将校4人が、スパイ容疑で逮捕された。グルジア内務省は、将校らがグルジア人に兵器を見せたり、金を交換したりしているところをビデオに撮っており、それを公開した。逮捕され留置場に連行される将校4人の姿は、BBCなどを通じてその映像が世界に流れた。
当然ロシアは猛反発した。将校4人が逮捕された翌日の28日には、在グルジア大使を召還し、29日にはグルジア在住ロシア人を退避させるための特別機を飛ばした。
一方で制裁措置を発動した。グルジア人へのビザ発給停止、グルジアへの送金停止などを矢継ぎ早に決めたのである。グルジアは農業以外にさしたる産業がない。経済は出稼ぎ労働者による海外からの送金に大きく依存する。出稼ぎ先はロシアがほとんどだ。ロシアに定住するグルジア人も含めるとその数は150万人にものぼる。送金停止は生命線を断たれるようなものだ。
プーチン大統領は「逮捕は国家によるテロだ」「外国のスポンサー(米国を指す)と一緒にロシアを挑発した」と最大級の悪口を並べてグルジア政府を非難した。部下の逮捕で激昂したイワノフ国防相にいたっては「グルジアは戦争への道を選んだ」と決めつけた
独立運動に肩入れするロシア
グルジアはアブハジア(地図参照=黒海沿岸)と南オセチアの独立運動を抱えており、ロシアが独立派武装勢力を支援していることに対して強い反感を抱く。グルジアがソ連から独立する(1991年独立)と見るや、両地域ともグルジアからの独立を主張し始めた。グルジア政府軍と砲火を交えたこともある。
ロシアはグルジアに対する影響力を確保するねらいから、両地域の独立運動に肩入れしてきた。特にアブハジアには戦闘機を出すなどして後押ししてきた。アブハジアの独立派武装勢力はイスラム教徒だ。ロシアはチェチェンではイスラム教徒を徹底的に弾圧しているにもかかわらずだ。大国のご都合主義が見てとれる。
グルジアの宗教はグルジア正教徒が8割以上を占めるが、黒海沿岸地域はオスマントルコの影響で国の人口の1割にも満たないイスラム教徒が集中する。キリスト教教会とモスクが数十メートルおきに混在する風景は、この地域の複雑さを物語る(写真=上段=参照)。それを利用してロシアは独立運動を煽った。
ロシアの肩入れを裏付ける事実も出ている。黒海沿岸の保養地ソチで9月30日、プーチン大統領はアブハジア、南オセチアの独立勢力の指導者と会っていた、というのだ。グルジアのベソアシビリ外相が1日、記者会見で明らかにしたものだ。クレムリンはこれについて否定も肯定もせず、ノーコメントを貫いた。
天然ガス需要期の冬さらに緊張
シャーカシビリ大統領がアブハジア境を初訪問した日(9月27日)に、ロシア軍将校4人は逮捕された。ロシアの肩入れに対する見事なまでの当てつけではないだろうか。
一触即発の事態も懸念されるなか、EUを中心に懸命の「和解交渉」が行われた。EUのソラーナ外交・安全保障担当上級代表はシャーカシビリ大統領に電話を入れ「事態をエスカレートさせないようにして解決するように」と促した。ベルギーのデ・フフト外相(OSCE:欧州安全保障協力機構・議長)は2日、グルジアに飛び、逮捕者の解放を促した。
グルジア政府が2日、4人の逮捕者を解放したことで最悪の事態はとりあえず回避された。だが、ロシアの反発は収まらない。ラブロフ外相は「経済制裁は妥当」としたうえで、今後も続ける方針を示した。モスクワとトビリシを結ぶ「アエロフロート」は10月末まで、運航休止を決めた。
グルジアは天然ガスの100%をロシアに依存している。親欧米路線を走るシャーカシビリ政権に対してロシアはガス料金の大幅な値上げで揺さぶりをかけている。今年1月にはパイプラインがロシア領内で爆破される事件が起き、ガスは停止。グルジア国民は寒さに震え上がった。グルジア政府は、ロシア治安機関による仕業と見ている。
東方拡大を目指すNATOとEUは、グルジアの「無事」加盟が試金石となる。ロシアが強硬に反対しているからだ。米国はカスピ海油田の権益と中東政策にからんで、グルジアを何としてでも自陣営に引き付けておかねばならない。
天然ガスの需要が増大する今冬、グルジアをめぐって欧米とロシアとの緊張はさらに高まりそうだ。「あらたな東西冷戦」真っ盛りと言えよう。
本記事は「Reuters」「New York Times」「Jane’s Defense Weekly」「Radio Free Europe」「BBC」「グルジア国内紙」などを参考に執筆しました。