筆者は生来悪運の強いタチなのだが、運だけでは紛争地域で降りかかる災厄を潜り抜けることはできない。戦争状態や革命の最中であったりして治安が機能していないからだ。警察そのものが市民や外国人に対して「悪さ」を働くのも紛争地域の特徴である。
怖いもの見たさの旅行者や紛争地域を取材したい若きフリージャ-ナリストたちの参考になれば幸いである。
【命を左右するパスポート】
海外旅行のガイドブックによく「命の次に大事なのがパスポート」と書かれている。紛争地域ではパスポートは命さえ左右する。一例を挙げよう。
「アラブ世界に行く時はイスラエルのスタンプを押したパスポートを持って行ってはならない」。これは中東在住経験のある商社マン、外交官、ジャーナリストたちの鉄則である。
ヨルダンとエジプトはイスラエルとの間で和平協定を結んでいるため、パスポートにイスラエルのスタンプを押していても入国はできる。ただし安全なのは空港までだ。街に出れば民間人にパスポートを見せなければならない場合がある。イスラエルのスタンプがあったりしたらもう大変だ。
市民革命で一時騒乱状態となったカイロでは辻(交差点)という辻で自警団が検問した。自警団は拳銃や山刀で武装していた。タハリール広場に入るには5~6回も「反ムバラク派」の市民によるチェックを受けた。
騒乱を機に1300~1500人もの受刑者が脱獄したからだ。まっとうなエジプト国民はIDカードを、外国人はパスポートを所持している。どちらも提示できなければ脱獄者ということになる。
「親ムバラク派」は財産を守るため、「反ムバラク派」はタハリール広場での妨害工作を防ぐために、通行者の身分を厳重にチェックした。
タハリール広場周辺では多くの外国人ジャーナリストがボコボコにされたり、軍に突き出されるなどした。最も多かったのは米国人記者だ。「嫌米・嫌イスラエル」はアラブ人の共通感覚である。
米国人記者もそんなことは十分承知している。「俺はオーストラリアンだ」などと嘘をつきたい処だろうが、パスポートでモロバレだ。ユダヤ系特有のDavidなどという名前だったりしたら「殺して下さい」と宣言しているようなものである。
筆者のパスポートにはイスラエルのスタンプが押されていた。パレスチナ自治区ガザに入る際、エレツ検問所で押印されるのである。空爆直後の昨年2月と今年の7月に2度も押されている。
カイロ空港まで行ったはいいが、街では身動きが取れないだろう。ヘタをすれば袋叩きだ。「イスラエルのスタンプが押されたパスポートは変えろ」の鉄則に従い旅券を再発行してもらうことにした。
有楽町のパスポートセンターで「紛失届」を出したのである。「大晦日の大掃除でゴミ袋に紛れ込んだものと考えられます」と書いて。
アラブ側に行く際は必ずと言ってよい程こうなる。一体これまで何通のパスポートを“紛失”したことか。
(つづく)
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