午前8時、タハリール広場。指笛の音がけたたましく鳴ると、人々は脱兎のごとく駆け出した。筆者も同じ方向に走った。広場の北西角に置かれた軍の戦車がエンジンをかけたのだった。
「広場の中に入って来ようとしている」。一緒に駆ける青年が言った。昨夜、軍が威嚇発砲したこともあり、集会参加者は軍の動向に神経を尖らしているのだ。
広場の中に置かれたすべての戦車の前には蜂起初日の先月25日から「反ムバラク派」の民衆がはり付いている。ビニールシートを敷き毛布にくるまって夜を明かすのである。
人々は駆けつけるや手拍子と共にシャンテをあげ始めた。「軍と国民はひとつの手の中にある。軍も国民もエジプト人だ・・・」。カーニバルのような活気だが悲壮感も混じる。
戦車のキャタピラーに背中を置いている塗装工の青年に聞いた。「恐くないか?」
「恐くない。死ぬ前に戦車の前を去れない。自由のために死ぬ・・・」。
車上の兵士が仲間の兵士とモゴモゴと耳打ちを繰り返した。指揮所からの指示を伝えているのだろう。戦車はそれから10分後にエンジンを止めた。
天安門事件のように軍の戦車が民衆に向かって突っ込まないことを祈るのみだ。